山中三平プロフィール

【略歴】

大正15年山形県米沢市生れ
米沢工業学校染織科卒業
山形大学工学部応用化学科中退
大学中退後カメラを友とし創作こけしの制作に専念する
カメラマンとして二科展入選多数、39年カメラ毎日年度賞を受賞す

◇全国近代こけし連盟無鑑査
◇二科会写真部会員
◇山形県写真展無鑑査

【受賞暦】

受賞年 コンテスト名他 作品名
1962年 全日本こけしコンクール入賞 待つ人
1964年 全日本こけしコンクール入賞 黒い服
1964年 全国近代こけし展最優秀賞 若い人
1965年 全日本こけしコンクール入賞 帰り道
1967年 全日本こけしコンクール宮城県知事賞 里の詩
1972年 全日本こけしコンクール入賞 山の音
1972年 アメリカ合衆国巡回展
1974年 全国近代こけし展入賞
1975年 全日本こけしコンクール入賞
1976年 全国近代こけしコンクール連盟賞 春近し
1977年 全日本こけしコンクール入賞 日だまり
1977年 全日本こけし展連盟賞
1977年 全日本こけし展年度賞 わらし
1978年 全国近代こけし展美術交流賞
1979年 全国近代こけし展文部大臣賞 昔ばなし
1979年 全日本こけしコンクール通商産業大臣賞 初雪
1979年 10月西ドイツ展
1980年 全日本こけしコンクール入賞 あやとり
1983年 全日本こけしコンクール入賞 雪国
1984年 全日本こけしコンクール入賞
1986年 全日本こけしコンクール入賞 陽春

【写真歴

受賞年 コンテスト名
1959年 現代の日本 優秀賞
1960年 日本写真美術展 報道写真賞
1964年 カメラ毎日 年度賞一位
2001年 二科会写真部 会員

【書 暦

受賞年 コンテスト名
1982-1983年 毎日書道展 入選
1981-1985年 県書道展 入選
白峰展 入選

 

山中三平さんのこと(秋山庄太郎)

山中三平さんは米沢に生まれ、そして住んでいる。
生粋のディレッタントで、こけしを作り、写真を撮り、人生をこよなく愛し、誰からも三平さんは幸福な人だと思われている。
しかし、鴨の水遊びの如く、水面の下の水かきにせわしく、水面上の悠々さを支えているので、ひとりきりになると、相応以上の思惑に眠れぬ夜を過ごしているかも知れないのだ。
彼の柔和な人柄は、その半面を一切人々に見せない。
創作こけしを並べ、写真を添え、個展を諸々方々で催すという。
その愉しそうな表情を見ることは、友人として嬉しい。

文部大臣賞「昔ばなし」によせて

生き生きと眼をかがやかし、頬を紅潮させて、一口も聞き漏らすまいと親の話をききいっている子供の自然の姿の美しさ。
親と子の間に、そうした場面を幾度も繰り返して、子供は成長していき、やがて子が親となり、子を生み、そしてそうした場面を持つようになる。
それは、親と子が連がりを深め、郷土への愛着を深めるおもいでとなる。
山中三平の「昔ばなし」は、そうした意味合いのものであろうが、親と子の対話の場面を出すと同時に、「昔ばなし」というひびきをもたせているところに作者のたくみさがある。
それはロクロの熟練のためであろうか、彼は木というものの体質を知って居り、ロクロをよく知っているからだ。
彼の「虹の詩」、それは今日から大分前の作品であったが、にじのへの思いを木に託して表現したものにあったが、木の体質が、群像によって美の構成が生まれ、それが多くの場合には郷愁を感じさせるということを示した作品があったがそれもなつかしい。
ロクロという制約の中で作る厳しさ、山中三平の「昔ばなし」はそのきびしさが乗り越えたもののはじめて得られる一筒の珠玉である。
こうした作品は、われわれの世界に永遠に残しておきたいものだ。

元全日本近代こけし連盟理事長
民芸研究家 山中 登

 

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